むなしさとともに

悲しみが尽き果てるまで共に在る twitter https://twitter.com/oujouwogosuru?s=09 

【ご案内】第5回みちのかい開催について

有縁の皆様へ この度、【第5回みちのかい】というオンライン法座(ZOOM)を開くはこびとなりました。 本当は共にひとところに身を置く研修会ができればよいのですがコロナ禍を加味し、オンラインのすがたを取らざるを得ませんでした。 基本的にはどなたでも…

誓いの名声とはどこにあるのか

※本件は第5回みちのかいのテーマ案の一つとして作成した文章です。身に引き当てて聞く、ということにこだわっています。つまり、他人事ではないということです。 ※重誓名声聞十方。誓いの名声は今ここに称えさせられ、聞こえて下さる南無阿弥陀佛のほかに、…

痛焼の衆生とは誰なんだ

※本件は第5回みちのかいのテーマ案の一つとして作成した文章です。身に引き当てて聞く、ということにこだわっています。つまり、他人事ではないということです。 静かに自分の生活を省みる。必ず【ひと】がそこにいる。独りでできることなどたかが知れてい…

再び原点を掘り起こす

10/30(土)31(日)開催予定の第5回みちのかいのテーマについて、 【再び原点を掘り起こす】とさせて頂きます。(こちらについては、現在案内状を作って頂いており、もう少しお時間を頂戴します) このテーマについて記載したいと思います。 第4回のテー…

聴聞の場が起こることについて

・人を信じるということ ・現場のど真ん中から「人間」を考える ・いったい何のために仏法を聞いているのだろう ・原点の迷失 これまで年に一度、4回開かれてきた会座があり、その年毎のテーマが上のものになります。 1回目は参加者として、2回目以降は、…

雨音が聞こえる

今、雨がしとしと降っています。 雨音が聞こえます。 雨音が聞こえる=雨が降っています。 イコールでありますが、前後があります。 雨が降っているから雨音がするのです。 念佛が聞こえて下さる=念佛させてやりたいと憶いづめの方がまします。 なぜなら自…

煩悩を摧いてくださる光

解脱の光輪きはもなし 光触かふるものはみな 有無をはなるとのべたまふ 平等覚に帰命せよ 輪の字の左訓 くだく。解脱といふは、悟を開き仏になるをいふ。われらが悪業煩悩を阿弥陀の御光にて摧くといふこころなり。 光触の左訓 光を身に触るるといふこころな…

平凡に歩みを進めていくだけ

今、帰りの電車の中です。 最近は更新が滞りがちですねぇ。何となく書きたいことが思い浮かばないのです。 僕には殊勝な心がないので、誰かを教化したいという思いがありません。 信仰や哲学を希求する、必死になって探すというのは、時節によると思うのです…

南無阿弥陀佛と聞かされるばかり

浄土真宗は聴聞に極まるといわれます。 聴聞とはお寺へ足を運び、お説教を聞く。寺を出たあとに生活を通して説かれた法を確かめていく、吟味することです。 (そんな簡単に信じることなどできない、託すことはできない。僕はそうです。確かめる必要がある) …

歎異抄聴記⑩まことの言葉

だいたいにおいては聖人は法然上人のひざもとへいかれる前に法然上人のおおせとはほとんど同じところまで進んでいられたにちがいない。ただ法然上人の一言を聞けばよい。なにも複雑なことを聞く必要はない。ただ一言を聞けばよい。その一言とは「ただ念仏し…

歎異抄聴記⑨七地沈空の難を超えさせてくださるもの

念仏に張り合いがない、勇みがない、勇猛心がなくなってくる。これがつまり菩薩のうえでいえば、七地沈空の難である。これは菩薩のある倦怠期である。求むべき菩提もなく、度すべき衆生もない。(p258 歎異抄聴記 曽我量深師) 解ったという喜び。 確かにな…

横截五悪趣悪趣自然閉

「横截五悪趣悪趣自然閉」といふは、「横」はよこさまといふ、よこさまといふは如来の願力を信ずるゆえに行者のはからいにあらず、五悪趣を自然にたちすて四生をはなるるを横といふ、他力と申すなり。これを横超といふなり。横は竪に対することばなり。竪は…

地獄について

地獄について思う。 地獄は世界があるのではなくて、自分の居る場所において、自分が感得するものであろう、と。人間界は六道の相があるという。この言葉にも感じ入るものがあるが、別の機会とする。 どうしてもそこに居れないところを地獄という、と師は仰…

歎異抄聴記⑧後念相続

われわれは常に信の一念に立つべし。われわれは後念に立つということはないものである。われわれは常に信の一念に立てというのが、第九条のご教訓の精神である。いのちのあらんかぎりはむろん、乃至一念である。(歎異抄聴記 曽我量深師p258) 僕自身は歎異…

この頃のこと

ブログの更新頻度が落ちています。 仕事がなかなか忙しく、人足が減っているけれども、新しいことにも業務領域を広げつつあります。 3つの業務に加え、4つめの内容です。業務というまではいかないけれど、企画提案の要素があります。提案したものを現実に…

歎異抄聴記⑦本願の機は誰か

身とは一生涯変わらぬ自分である。自分の心は時々刻々に変わるが、わが身は一生涯貫通して変わらない。ゆえに「自身」という。衆生とはすなわちわが身である。われら衆生である。「罪悪深重煩悩熾盛の衆生」。すべて宿業に悩まされている苦悩の衆生をすてず…

この世界に所属するということ

最近はTwitterも頻度が減ってきました。 なぜかなと思うと、ご利益によるのだと思うのです。批評家に陥りたくはない。言葉だけでなく、言葉と行を以て現実に向き合う時、問題は他者ではなくて、自身だと思うのです。 他者のことを批判できる者なのか、と。 …

歎異抄聴記⑥信心の徹照

なぜ信心をもって肝要とすというかとならば、罪悪深重である。ただ信心だけはいっさいの自力の機のはからいをすてて、自力無効としてもっぱら深く如来をたのむ信心、それに対して罪悪深重という。本願を深く信ずる人はやはり深く自分の罪悪を信ずる。罪悪の…

思うところ

法座に身を置くと、時に、頭がこんがらがるというか、部屋の中がとっ散らかるような、そういうことがあります。 今日が当にそれでした。オンラインでもこういうことが起こるのですね。 はからいが間に合わないのですね。多分。 わかっていたつもりが、全くわ…

無信の自身

最近はまとまった時間を取りにくいため、ツイッターを使うことが多く、 ブログの更新が滞りがちです。まぁ、やることが多くて、昨日はほぼ一日寝ていた感じです。身が疲れているのでしょうね。 歎異抄聴記は非常に難しく、遅々として素読が進みません。 なの…

歎異抄聴記⑤所行能信

われわれのとなえる念仏もまた、所行におさまり、われわれがとなえたからからといって、やはり能行ではなく、たとえ、信以後にとなえたからといって、やはり所行である。能行というわけにはいかないのである。これは真宗学としては、もっとも古い真宗学であ…

雑記

忍耐が試される場面が続いている。 正直、かなり理不尽な事象であるし、腹が立つし、イライラする。 ただ、ふと考える。 この事象は何なのだろうか?と。 立ち止まると考えざるを得ない。 立ち止まると、掘り下げる。 掘り下げるとは、思考やふりかえり、或…

歎異抄聴記④所行能信

※歎異抄聴記は非常に難解なので、いったん十を目安にやってみようと思います。 行は背景である。歴史的背景である。行は歴史的現実である。歴史的現行であると了解すべきである。されば、信なるものは、行を信ずるのではない。すなわち、行のそとにあって行…

聞名の念佛

南無阿弥陀佛とは、佛の名である。 このことを疎かにしているのでないかと思う。 念佛を申すというのは、佛の名を称えることであり、称えることは即聞くことである。 自問する。 佛の名を称えるような心が自分にあるか? 否、皆無である。 どこをどう探しても…

十方衆生ということ

唯除五逆誹謗正法とは、最底下ということ。 すなわち、自分の後ろには誰もいない、十方衆生はいないということ、これは自分自身の言葉。 先生から頂いた言葉があり、時折思い出す。 尽十方無碍光如来の尽とは必ず最後の一人まで助け遂げるということだ、と。…

歎異抄聴記③欲生

しかるに、真実信楽が法爾の道理によって内に欲生を開き、外に開くのではなく、内に開く。内に開くのを等流という。(中略)他力信であるかという自覚自証の原理は願にあり、欲生にある。(中略)真宗学の問題は欲生の問題である(歎異抄聴記p41) 願成就の信であ…

歎異抄聴記②機の深信

機の深信は法の深信が根源で、法から機を開くについて、二種深信ができる。ゆえに、二種深信としては、機の深信が主なるものである(p32-33) 今生では信が発起したとしても、佛になることはない。これは、ある意味の断絶を表す。つまり、この身で助かることは…

心、言、行

4月にはいり、新しい期か始まりました。 12月末から1月を迎える新年よりも、 3月末から4月に入る時のほうが、季節が春に なることと相まって、新しい年という感じが します。 最近思いますことは、準備が大事なのだなということです。 余裕をもって、事前に…

歎異抄聴記①現生不退

p16-17 現生不退とはなんぞやというと(略)、現生不退とは自覚自証である。(略)「歎異抄」はおそらく現生不退の内容をもっとも明瞭に示されてある。これ「歎異抄」のすぐれたる特長である。 正定聚不退の位。 真宗において明らかにしなければならないことだと…

歎異抄聴記にたずねたいと思います

https://www.amazon.co.jp/dp/483410267X/ref=cm_sw_r_cp_apa_i_A69XCZREGDDB2JTQZ2VJ?_encoding=UTF8&psc=1 曽我量深先生のこの本が気になっていたので、ようやく買いました。 暫くたずねてみたいと思います。 現生不退と機法二種深信。 このことに力点が置…